日出づる国・日本へ 世界に語ろう・日本の戦争の真実を!
    大東亜戦争聖戦論 小澤政治

日出づる国・日本へ 戦争の時代に生き合わせた方々の言葉

兄も行け我も果てなむ君の辺に悉々く果てなむ我が家の風

(緒方襄 沖縄方面にて特攻)

戦争の時代に生き合わせた方々の言葉 画像

はっきり言う。俺はお前を愛している。
しかし、俺の心の中には今ではお前よりも
大切なものを蔵するようになった。
それは、お前のような
優しい乙女の住む国のことである。
俺は、昨日、静かな黄昏の田畑の中で、
まだ顔もよく見えない遠くから
俺たちに頭を下げてくれた子供たちの
いじらしさに強く胸を打たれたのである。
もしそれがお前に対する愛よりも
遥かに強いものというなら、お前は怒るだろうか。
否、俺の心を理解してくれるのだろう。
ほんとうにあのような可愛い子供らのためなら、
生命も決して惜しくはない。
自我の強い俺のような男には、
信仰というものが持てない。
だから、このような感動を行為の源泉として
持ち続けていかねば生きていけないことも、
お前は解ってくれるだろう。
俺の心にあるこの宝を持って俺は死にたい。
俺は確信する。
俺達にとって死は疑いもなく
確実な身近の事実である。

(宅島徳光 昭和20年4月殉職 24歳)

 


 

遺書
   海軍飛行兵長 川上賢一(福井県出身17歳)                 

昭和17年11月ソロモン群島にて戦死

 生をを受けて18年、何の孝行も出来ませんでしたが悪しからずお許し下さい。其のかわり今後は一生懸命にやり、祖先や皆様に対して顔に泥をぬるようなことは致しません。  

 搭乗員として恥ずかしくない働きを致します。何卒ご安心下さい。一度内地を離れれば、二度と内地をふまないつもりです。  

 飛行機乗りの搭乗員です。男の中の男です。  

 これで何も思い残すことはありません。何事も天命と思い覚悟は致して居ります。

  「桜花散りて靖国の宮柱となる」  最後に皆様の御健康を祈っております。

 

昭和17年11月10日

  父母御一同様