日出づる国・日本へ 世界に語ろう・日本の戦争の真実を!
    アマゾン電子書籍 小澤政治著 (神奈川県横浜市)

目次

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第一部 大東亜戦争聖戦論

はじめに 戦争の時代に宿命的に生まれ合わせた父祖たちを想う

序論   本書は日本の正論と一般国民との橋渡しを願う

第1章  歴史の必然としての列強の日本接近
     1.大航海時代のスペインとポルトガル
     2.オランダ時代
     3.大英国時代
     4.アメリカの「明白なる天意」
     5.ロシア、不凍港を求めて
     6.日本、江戸時代末期から明治維新へ

第2章  大東亜戦争聖戦論 一
     1.満州事変
     2.支那事変
     3.張鼓峰事件とノモンハン事件
     4.「平和」を求めてアメリカとの外交交渉

第3章  大東亜戦争聖戦論 二
     1.戦争緒戦の快進撃
     2.日米攻防の逆転―玉砕また玉砕へ
     3.戦争終期 日本民族の戦争―敗戦に見せた大和魂
     4.本土防衛作戦
     5.広島・長崎への原爆投下

第4章  大東亜戦争聖戦論 三
     1.国民の決意とソ連の無法
     2.歴史と伝統の破壊と断絶
     3.戦争と敗戦の責任とは
     4.自決された方々と忘れられつつある“日本人”
     5.昭和天皇の全国巡行
     6.大東亜戦争の“終戦”

終わりに1 大東亜戦争は日本民族の「聖戦」だ

 

第二部 我ら父祖たちの名誉に賭けて

初めに 父祖たちの名誉を取り戻そう

第5章 反日国家の我が国の“名誉侵犯”
    1.韓国と北朝鮮
    2.中国の尖閣諸島侵犯と歴史捏造
    3.ロシア:無法国家の飽くなき非道

第6章 我ら父祖たちの名誉に賭けて
    1.東京裁判(極東国際軍事裁判)
    2.靖国神社をめぐる問題
    3.東條英機首相の名誉を回復せよ
    4.「従軍慰安婦」問題
    5.「南京大虐殺記念館」

第七章 凛たる祖国・日本へ
    1.目指せ!自存自衛の国家へ
    2.憲法改定
    3.一万年の祖国の伝統
    4.万世一系の天皇:神話・伝説から歴史へ

終わりに 2

主要参考図書
著者 小澤政治

 

 

 

 

  1. 大東亜戦争聖戦論

はじめに 戦争の時代に宿命的に生まれ合わせた父祖たちを想う

 私たちは人としてこの世に生を受ける時、その時(時代)、場所(郷土、国など)は言うまでもなく、家族、友人、同窓の人々といったものさえ自ら選ぶことはできない。そしてその生きがいも人生の使命もその時代によって決められていく。この浮世ではそれを宿命という。

(略)

戦争という時代の生きがいとは
そうなのだ、思ってもみよう! 大正時代半ば(1920年前後)から、昭和の激動の時代に生まれ合わせた、また生きた私たちの先人、父祖たちはどのような〝生きがい〟を持っていたのだろうか。またその〝死にがい〟とは何であったのだろうか。今日の平和と繁栄の中に生きる私たち現代人とはおよそかけ離れたものであったであろうことは確かなようだ。さらに問えば、何もかも恵まれているように思える私たち現代人は自分という、”私”という存在を超えた生きがいを持っているのだろうか。まして死にがいを・・・いや死にがいなどとは考えることさえない人々が多いのではなかろうか。

 欧米列強の世界植民地支配の手がアジアへと、そして幕末に我が国にも伸びてきた。我らの先人たちは必死の思いで生きた。民族の独立を賭けた先人たちは、もがき、苦しみ、しかし笑って青春を送った。明治とデモクラシーと言われた大正の時代は過ぎていった。そして駆け巡るように足早に昭和に入った。時代はさらに我が先人たちに厳しかった。締め付けられるように迫ってくる欧米諸国の我が日本への敵視、ソ連の共産社会主義とコミンテルン指令による支那大陸の撹乱と日本への共産思想の波及、混乱極まる朝鮮半島の併合とまさに目も眩むような時代を迎えた昭和の先人・父祖たちであった。

 我らの先人たちも、この世に生を受けたからには日本人として、人として名を為し、男としての生きがいを求めていたであろう。女たちは家庭の平穏を望んでいたであろう。絶望的とも言えるような世界の我が国への挑戦に、知らず身震いをした人々もいよう。そして大東亜戦争の開戦勅語に奮い立ち、故郷のため、家族のため、そして名残尽きない郷土と祖国を守るため、若き恋も学問も諦め、いやなによりもその未だ夢途上の人生さえ国に捧げ、アジア、太平洋の幾多の戦場に散っていった人々がいたのである。追い詰められたがゆえの大本営(戦争作戦本部)の戦略上の過誤に泣き、怒った人、飢えと病に力尽き、無念の涙をぬぐった将兵たちもいた。それらは先人たちにとっても自分たちの人生のあまりの過酷な運命に、時代の宿命に立ち竦む思いでもあったろう。しかしなお果敢に戦い、生き抜いた大東亜戦争の日々の先人たち—将兵も、銃後(いわゆる戦争に直接行かない人々で、故郷や家で戦っていた人々のことを言う)の人々の女、老人・子供たちやこの時代の日本を必死で主導した政治家や旧日本軍陸・海軍幹部がいた。将兵がいた。これら我ら先人たちが青春を、人生をひたすら国に捧げていったその尊い犠牲の上に私たち現代人は今生きているのである。今日の日本があると言えよう。このことを私たちは断じて忘れてはなるまい!

これら先人たちへ十分の礼を尽くしているか

しからば人生の全てを燃やし尽くし、悩み、泣き、しかし、自分たちの生まれ合わせた激動の時代に剣を握り、そして戦場に、また銃後に懸命に生きた方々に私たちは十分の「礼」を尽くしているだろうか。いやそれどころか、今日の多くの若者たちには、我ら父祖たちの、明治から大正、昭和にかけての激動の日々のその過酷さが十分に伝わっていないのではないだろうか。若者ばかりか、多くの成年・中高年の人々にとってもその真実は今や忘れ去られようとしているようだ。そのことに想いを馳せることすらない人々が多くいる・・・

(略)

大東亜戦争の真実とは
今日の日本人、特に若い人々にほとんど伝えられていない、そして多くの中高年以上の人々にもいつか忘れられてしまったかもしれない歴史がある。それは昭和16年12月から数ケ月における大東亜戦争緒戦に見せた、我ら父祖たちのすさまじい勝利の連続があったことである。昭和16年12月、アメリカ太平洋艦隊への真珠湾攻撃で火蓋を切った大東亜戦争で、満を持していた我が日本陸・海軍が、アジア諸国の英米軍、そしてオランダ軍を攻撃、次々と落としていったのである。英国海軍の難攻不落と言われたシンガポール、アメリカ軍の極東軍最重要基地であったフィリッピンの各駐留軍、オランダ350年のアジア支配の拠点インドネシアなどを開戦後わずか1〜数ケ月で陥落、降伏させていったことは世界の戦争史に燦然と輝く戦果であった。欧米列強・白人国家による、永遠に続くかと思われていたほどに長い植民地支配に苦しめられていたアジアの人々は目を見張った。日露戦争に続いて、またも我ら日本人が西洋白人を打ち砕いたのである。虐げられていたアジア各地ですでに心ある人々に深く潜行していたであろう〝独立の灯〟にこの日本軍緒戦の勝利が再び勇気と力を与えたのである。

そしてこの緒戦のスゴカッタ戦いとは裏腹に戦後不当に強調されているのが、中〜終盤における、我ら先人たちの敗戦の〝惨めさ〟である。確かにこの戦争での戦線のあまりの拡がりに多くの戦略ミス、作戦の失敗はあったであろう。これほどの戦争、いや人間の命を、そして国家の誇りを賭けたお互いの戦争であれば過誤の一つもないということはあり得ないであろう。だがそれでも負けた日本軍であるが、オトナシクは負けなかったのである。空から、また海上での特攻、地上での斬り込みという肉弾戦、〝降伏を知らない〟我が日本軍究極の最後の戦いである玉砕など部隊全滅、民間人の〝自決〟まであったこれら戦場などに見られた、〝死してなおその魂を故国の空に永遠に生かそうとする〟我ら日本民族独特の死生観ならではの名誉と誇りを賭けて戦ったのがこの大東亜戦争であったのである。このことは断じて恥ではない。誇り得る歴史である。真実である!

 しかしこの戦争を、アメリカや中国、韓国、ロシア、北朝鮮などと、それらに今なお同調する我が国内の多くのマスコミ・政治家や教育界の人々が持ち続ける、無法の「東京裁判」という大東亜戦争戦闘終焉直後に行われた米英など連合国による国際上不法の裁判史観である「日本は世界の侵略国であった。日本軍は悪の軍団であった。日本兵は極悪非道の残虐さであった」と見ることと、

私たち日本人が正統に持っているべく
 「我ら先人、父祖たちがスゴカッタと誇りに思い、今日の祖国繁栄に感謝する」ということでは、天地の開きほどにその常識観は言うまでもなく、私たちの人生観、国民の愛国心にさえ決定的な差となってくるものであろう。

戦後レジーム脱却と東京裁判史観の一致?
 いわゆる敗戦から70年を迎える今日(平成27年)中国は国連やアメリカ・ロシア・韓国などとの外交の場でことあるごとに、我が国を「過去の侵略・犯罪国」との断罪を主張している。同時に日本とは同盟国であるアメリカもまた「侵略国日本」史観を公式には継続しているようだ。これらに対して我が国政府は、「日本は戦後70年先の大戦を深く”反省”している」という発言を戦後レジームからの脱却を訴える現政権の高官等が繰り返している。しかしこの”反省”とはあの大東亜戦争において我が日本があの戦争を起こしたから悪かったということになろうか。それでは一般の国民庶民も、また世界の人々も日本は、かの「東京裁判」で不当に連合国から裁判された如くやはり「侵略国」であったのだと受け取ることになるのではないだろうか。まさしくそのことは今なお我が国政府が「アジアの諸国民に苦しみを与えた事実とともに歴代の内閣の首相談話・歴史見解を継承する」(安倍晋三首相)ということを世界に公言していることになろう。本書はこの政府の大東亜戦争史観とその祖国への姿勢を根本的に問う。 

 

 今日(平成26年以降)我が国は集団的自衛権や自衛隊の緊急出動、海外派遣法などを整えようとしている。いわば我が国も対外的戦争の危険を孕んできていると言えようか。しからば国民庶民は世界では“普通”とされる自存自衛という国際的緊張に耐える覚悟を持っているのだろうか・・・いやそのような認識さえあるのだろうか・・・

(略)

4  「平和」を求めてアメリカとの外交交渉

(1) 近代世界歴史の必然的激突

歴史の必然的激突

これまで述べてきたように明治の開国から、まだ40年弱しか経ていなかった我が国が、欧米列強の帝国主義時代の当時から見てもあまりに卑劣無道であったロシアに対し祖国の存亡を賭して立ち上がったのが日露戦争(明治37年〜38年)であった。そして我が国の勝利は世界を驚かせた。まさに「奇跡的」に勝利したのである。いわば大航海時代から数世紀にわたって虐げられてきたアジア・アフリカの被植民地国の人々に数百年ぶりに希望の光を与えたのがこの日露戦争であった。欧米列強から見れば、あろうことか有色人(日本)が白人(ロシア)に戦いを挑み、勝利したのである。それはヨーロッパ、アメリカなどの白人諸国家には夢想だにできなかった衝撃であったという。

 有色人国家が、白人国家に戦争で相対するなどということは、当時の欧米列強はもちろん、アジアなど被植民地の人々の常識にはなかった。文字通りこの瞬間から欧米諸国は、それまでのお互いの利害はそのままにして我が日本を見る目を変えていったのである。特にアメリカはこの直後から、日本を将来の敵対国として、「オレンジ計画」という戦争計画を立てて我が国を敵視していった。国内の政党の政争や軍部の騒乱、すなわちソ連共産革命時のシベリア派遣軍の苦闘、人道の名においてソ連革命軍を〝支援〟するアメリカとの確執などはあったものの国内的には比較的平和とも言えた大正時代が過ぎ、激動の昭和に入った日本に対し、アメリカはヨーロッパで苦戦するイギリスを語らい対日敵対行動を深めていった。ほとんど日本が勝っていた支那戦線でアメリカ、イギリス、ソ連などの実質上の国際上中立違反とも言うべき支那へ援助する一方、対して理不尽とも言える我が国に対する経済締め付け、移民政策などによって我が国は追い込まれていったのである。この英米の膨大な物資、武器などの蒋介石軍支援は、すでにこの戦争にアメリカ、イギリスは介入しており、事実上の日米戦は昭和16年の我が国の本格的な対米交渉以前に始まっていたことを示していた。

 まさに日本とアメリカとは白人国家と有色人国家対決という、人類のその歴史で一度は遭遇するべく必然的激突であったとも言えよう。

 

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